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つきをかる

お絵かき好きの医学生 月乃子 が日々を徒然と語る。

母がいなくなった時の話。

雑記

私の母が病気になり、入院し手術した頃のお話です。
もうこの話題に触れても大丈夫かな、と自分の中で思ったのでちょいとしたためます。

 

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昨年、母は病気のために入院をしました。そこで三姉妹の真ん中である私は、国試を控えている姉、まだ学校のある妹と比べると夏休みに入って学校もなく、余裕があったためご飯を作ることと洗濯をメインに日々家事をこなしました。もちろん買い物も。

 

母がいなくて、いかに彼女が多くのことをこなしていたのかを理解しました。分かっていたつもりだったけど、多かった!

疲れました。自分のこともやりながらだとなおさら。

そして何より 感謝されない 。

私は暇だとは言っても自分の時間を使っているのに、ご飯にせよ洗濯にせよ1回言えばそれでいいでしょみたいな感じで形式的な「ありがとう」を3~4週間の中で2,3回ほど言われたのみ。怒りがこみ上げるなか私はここではたとしました。いやそうは言うが、私もどれだけ母親に感謝の気持ちを述べたことがあっただろうかと。心では感謝していますが、口に出したことは年に数える程度しかない。
自分がやってないことを他人に求めるのはおかしい、自分がやっていることを他人には返されると私はそう思っているので「それはこうなるわけか・・・」と妙に納得したのを覚えています。

 

現在も母は投薬、点滴で病院に通っています。そしていつも「辛い、身の置き場がない、ご飯作りたくない・・・ご飯食べれない」と言います。ついこの間までCBTを控えていた私は代わりに私がやるよと言える精神的余裕がありませんでした。しかし、今は時間に余裕があるのでできる限りのことは手伝いたいと思っています。

今私の頭を悩ませているのが、母がバランスのとれた食事をとってくれないと言うこと。私達のご飯には魚や肉を出すのに、自分の分にはおじやだけ。そんなものばかり毎日毎日食べていて、体力や筋力がつくわけがない。そう言いはするのですが、母はつらさが勝るようで食生活を変えてくれません。そして辛いから毎日同じ味噌汁、同じおかずしか作れないと言います。私はそれを受けて母はアルツハイマー病の初期なんだろうかとか認知症なんだろうかとか考えてしまいます。

そしてそんな日々を過ごしていたら、どうして私は管理栄養士じゃなくて医師なんて道を選んだろうとかよく分からないことを考える様になりました。手術を受けて食生活が変わってしまった人、と言うのをまざまざと見せつけられ、大げさに言えば弱っていっています。こういうことで悩んでいるご家族は私の家だけではないはず、と思って将来は栄養への意識の向上を地域ぐるみでできたらなあと思う今日この頃です。

 

この記事を書いては直しをしていたら今朝、父親が辛い辛い言っている母に「俺は朝はご飯しか食べんぞ」(=朝も飯作れや!)と言ったらしく、絶句しました。言葉では大丈夫か?と父は言っていたけれど、そこに心はなかったのかな・・・私はどうすれば良いんだろう。