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つきをかる

お絵かき好きの医学生 月乃子 が日々を徒然と語る。

煙に巻くような受け答え

雑記

煙に巻くような受け答えって結局何も答えていないと思いませんか?

私は,いろいろあって高校時代にどっちともつかない,はっきりしない意見を述べてきました。いろいろあって・・・というのを説明するのは面倒なので省きます。この考えの根本には,「相手に嫌われたくない」という思いがあるからでは?と考えています。少なくとも私はそうでした。

 

だからいつも「~についてどう思う?」と聞かれてもどっちともつかない曖昧な返事を返していました。これは正直ストレスがたまります。もちろんそうやって返すことが必要な場面もありますが,しっかり自分の意見を述べる:曖昧に述べる=3:7とかだともの凄く疲れます。中学校の時はこれが9:1くらいだったので,歯にもの着せぬ言いかたで周りは大変だったのだろうなと思っています。

ところで,はっきり答えないというのはいわゆる「八方美人」に当たるでしょう。相手と波風立てない程度に合わせ、誰からも好かれるというイメージがありました。昔の私には。でも,最終的に信頼を置ける人が周りにできなくて大変。という印象が最近では強くなっています。なぜそう思うのかというと,例えばですが,自分自身が周りに信頼を置いていない→はっきり言わない→相手がそれを感じ取る→信頼してもらえないといったことが起こるのではと思います。だから,はっきり答えないことの方が最終的には相手に嫌われる(というより親密になれない?)ことになるのではないか?と今では思っています。私が何を言おうと嫌ってくる人は嫌ってくるし,好きになってくれる人は自分を好きになってくれます,そばにいてくれます。したがって,そういう人たちに目を向ければいいと思うんです。そして大切にしたらいいと思うんです。だって世の中の全員に好かれること,というのはとてつもなくハードルの高いことで神様にだってできているか怪しいとは思いませんか?(変な喩えですみません。)だからそんなことに神経をすり減らすのは,もったいないなぁと気がついたのです。

それに,いろんな人に好きになってもらうことに力を注ぐより,自分のやりたいことに力を注いだほうが実になります。

しかも,はっきりと自分の意見を述べた方が相手方も意見を言いやすいと思うんです。お互いのコミュニケーションツールとして会話というものは存在しているのですから,伝えるべきことや尋ねられていることはしっかり伝えることが必要になりますよね。まぁ,集約すればそれだけのことです。(しかし,勿論オブラートに包むことは必要な技術です。)

 

以上,話が大分それていてイコールではない点がありますが,国会答弁を見ていて思うことでした。彼らはしっかり明言しないことを目的として濁して話しているのだと思いますが,あれを日常会話でやられたらたまったもんじゃない!本当,政治家たちのスピーチで,善処するとか,遺憾だとか,考慮するとか,を多量に使うし,くねくね回り道して最終的に何もはっきり明言しないし,結局のところ何も言ってない姿を見るのはストレスがたまる!